「放送大学大学院文科科学研究科 臨床心理プログラム
「臨床心理特論(’05)」(科目コード8950113) レポート」
に加筆・修正を加えたもの
【設問:問2】 一人の人間の人格形成過程において、さまざまな「節目」や「転機」、あるいは「危機」
といわれる時期がある。具体的な経験、行動や知見(小説・映画などを含む)を踏ま
えた上で、思春期・青年期の「危機」について論じなさい。
【解答】 アンジェラ・アキ『手紙~拝啓15の君へ~』に見る思春期の危機とその克服
1 はじめに
『手紙~拝啓15の君へ~』は、2008(平成20)年度NHK全国学校音楽コンクール中学生合唱中学
生の部課題曲としてアンジェラ・アキによって作詞作曲されたものである。この曲は作者であるアン
ジェラの実体験に基づくものであり、歌詞・メロディーともに現在の中学生やその保護者・教師に人気
の高い曲である。以下、この曲の歌詞や成立過程を述べるとともに、若干の考察を加える。
2 『手紙~拝啓15の君へ~』の成立過程
この曲の成立過程については、アンジェラ自身がこの曲がリリースされる約1週間前に行った大阪
城ホールでの『ピアノ弾き語りライブ・浪速のMy Keys 2008(DVD)』の中で述べている。この曲は実
は2007(平成19)年にNHKから来年度の合唱コンクールの中学生の部の課題曲の作成を依頼された
ことに始まる。曲の作成を依頼された時点ではまだアンジェラには曲のモチーフはできていなかっ
た。アンジェラ自身「どうしよう!」と思ったそうである。そのような中、アンジェラが人生の節目となる
30歳の誕生日を迎えた時、母親から1通の手紙が届いた。アンジェラはバースデーカードかなと思い
封を切るとそこには、15歳のアンジェラが30歳の自分に宛てた手紙が入っていた。「拝啓30歳のア
ンジェラへ。今どこにいますか?今何していますか?」で始まり、「今日、○○君にこんなこと言われ
ました。ゴッツウ傷つきました。××先生は私のことこんな風に思ってます。私のこと全然分かってい
ない。」というような愚痴や「自分ていったい何なん?何したいん?」という疑問が何ページにもわたっ
て便箋に書かれていた。30歳となったアンジェラには、15歳の時に30歳の自分に宛てた手紙を
書いたことも覚えておらず、○○君とか××先生とか名前も顔も思い浮かばないくらいであるのに、
些細なことで傷ついていた15歳の自分に対して「なあ、アンジェラ、人生いろいろあるけど、今、苦し
くて辛いこともあるやろけど、後になって振り返ってみると、なんや、あんなことで悩んでたんかて思
えるようになるし、大人になっても大変なこともあるんやで。そうや、30歳の今、15歳の自分に宛てて
返事を書こ。」(アンジェラ・アキは徳島県の出身であり、ことばは関西訛りに近い。)と考え、曲が生ま
れたということであった。歌詞の構成は1番が30歳の自分に宛てた手紙、2番がその返事、そしてい
わゆるサビの部分となっている。
3 考察
『手紙~拝啓15の君へ~』の歌詞には思春期特有の危機が見られるが、作者のアンジェラ・アキ
は日本人の父とイタリア系アメリカ人の母との間に生まれており、いわゆる「ハーフ」である。しかも、
15歳でハワイにわたる以前には徳島県・岡山県の田舎という比較的外国人との接触があまりない地
域で過ごしており、周囲からは奇異な目で見られていたことは想像に難くない。加えて、思春期とい
う心身ともに変化し、その変化をどのように受け入れるのかを試行錯誤する過程で、おそらく同世代
の友人よりも一層自分自身のアイデンティティについて悩まざるを得なかったであろうと思われる。
幸いにも彼女は3歳からピアノを習っており、ピアノが上達して行くにつれて音楽が自分自身のアイ
デンティティを形成することを自覚できるようになる。そのことは、周囲の友人から自分が「ハーフ
のアキちゃん」から「ピアノのアキちゃん」と呼ばれるようになることで、一層自覚が促されることにもな
る。しかし、15歳の彼女に「自分ていったい何なん?何したいん?」という自身の問いかけに明確に
答えることは不可能であったし、むしろ解答不可能という状態の方が自然であろう。1番の歌詞に出
てくる「ひとつしかないこの胸が何度もバラバラに割れて、苦しい中で今を生きている」という言葉は
当時の彼女の心の一面を如実に表していると言えよう。そして2番で、30歳になったアンジェラが15
歳の過去の自分が抱いた疑問に出した答えは、「自分とは何で、どこへ向かうべきか、問い続けれ
ば見えてくる」である。この「問い続ける」ことの重要性は、心の問題だけではなく、教科学習におい
ても重要であると言える。日頃の教育活動において、何事においても生徒の分かり急ごうとする傾向
は顕著であり、すぐに答えを求めてくる。この件については本論とは離れるため詳細は別の機会に
譲るが、「すぐに答えを求めたがる生徒」については、認知科学において「答え絞り出し機(Answer-
Squeezing Machine)」という用語があることを指摘するに留める。
加えて、いわゆるサビの部分にはうな一節がある。「人生のすべてに意味があるから、恐れずにあ
なたの夢を育てて、Keep on believing.」。「人生のすべてに意味がある」という歌詞は、諸富(2009)
の『第13章:どんな時も人生に意味はある』と共通する考えであろう。また、「Keep on believing」に
ついては、先の「問い続ける」と同様「(自分自身を)信じ続けること」、さらに、アンジェラの『コンサー
ト・ツアー2009 ANSWER』のパンフレットには、「たとえ見つけられなくても、探し続ける中にANSWER
がある!」ということばもあり、「続けること」の重要性が示されている。
以上をまとめると、アンジェラ・アキは、問1の2ページで記述した「ロジャーズによれば、―(中略)
―、充実した人生とは、問題のない人生ではなく、絶えず問題に取り組んでいくという目的と自信を
有した人生のことである。」を経験によって修得した人物と言えるのではないだろうか。
<参考文献>
アンジェラ・アキ(2009)『ピアノ弾き語りライブ・浪速のMy Keys 2008(DVD)』(Sony Music)
――――(2012)『NHKテレビテキスト アンジェラ・アキの SONGBOOK 』(NHK出版)
子どもたちの豊かな育ちと学びを支援する教育関係団体連絡会(発行)(2009)『子ども応援便り―日
本の子どもたちに夢を!「インタヴュー:アンジェラ・アキさん」― 』(Vol.7)
諸富祥彦(2009)『自己成長の心理学―人間性 / トランスパーソナル心理学入門―』(コスモスライブ
ラリー)